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第百十七話

last update Tanggal publikasi: 2026-07-20 16:01:49

百十七

 ケンや佐々木や田中が四年に進級し、就職活動のためあまり演劇に深く関わることがなくなるだろうと思われた。昨年、シュンやブラザーが脚本演出や主役級の役を務めていたほうが珍しいことだった。シュンは東京へ行って演劇を続けるらしく、就職活動はしていなかった。

 新しい部長には骨折が選ばれていた。一月の後期試験が終わってから、三年生だけで集まって決めたらしい。

 福祉学部心理学科の学科長、沖教授によって履修登録のオリエンテーションが開かれていた。ナベはガジンとともに出席している。

「せやからな、二年で留年する学生がけっこう多いんよね。みんなも気ぃつけんとあかんで。ほんまに」

 沖教授は生まれが京都なので京都訛りの関西弁を使っている。いまは二年から必修となる心理学実験の授業について説明されていた。毎週心理学に関する実験を行い、一週間以内にレポートを提出する必要があった。レポートの作成にはSASという統計分析用ソフトを利用しなければならず、このソフトの利用には多少のプログラミングの知識が必要だった。

「どう

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    百五十六 打ち上げの一次会が終わり、二次会へ行く者と帰宅する者に分かれた。そのまえにナベは裕子を引き止めていた。「裕子ちゃん、そんなに時間はかからないんだけど、少しだけ時間をもらっていい?」「うん、いいよ」「ありがとう」 以前、裕子から告白された公園にナベは裕子をいざなった。「あー……最初に言っておくと、よりを戻してほしいとかそういう話をしに来たわけじゃないんだ。この公園に来るとそんな思惑がありそうな感じはするけど」「うん。懐かしいね」 裕子は憂いを帯びた表情で公園を眺める。「僕はずっと自分の中に閉じこもってて、演劇を始めてから表に出てきたって話を少し前に打ち明けたけど。そうだな。やっぱりすこし浮かれてたみたいだ。人を好きになったら付き合うものだってなんとなく思ってた。この年齢になって人を好きになったら、『普通は』付き合うんだろうなって。僕は自分がイレギュラーだってことを都合よく忘れてた」 裕子はナベのことを見ている。ナベも裕子を見つめた。「裕子ちゃんのことは演劇研究会に入って接するうちに、いつも元気だな、とか自分の意見をはっきり持ってるな、とか、自分自身に責任を持ってるな、とかそういう面が見えてきて、そういうところをすごく尊敬してた。表情がよく変わるところもなんか、嘘がなくて魅力的だと思った。……ああいや、過去形じゃないな。いまもそういうところが好きだ」 裕子は怪訝そうな表情に変わる。よりを戻したいという話に聞こえそうだとナベは苦笑する。そういう話じゃないと言っておいて正解だったな、とナベは思う。「僕は裕子ちゃんのことが好きだ。けどそれは、付き合いたいってことじゃなかったみたいだ。そもそも僕は人と付き合いたいって思うような人間じゃなかった。演劇研究会のみんなと接するようになって、人と一緒にいるのも悪くないと思うようにはなったけど、どうしたって僕は、一人の時間が大切だ。一人で居続けることが苦にならない。本さえあれば満足できる。……人を好きになったからって、ずっと一緒にいたいわけじゃなか

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    百五十二 リヒトが一人で舞台に戻ってくる。「お待たせしました。コザクラさんとニカイドウは安全に解凍しました」 「ニカイドウはどうでもいいけど、シノブは大丈夫なんだな」 「ええ。マーサは大丈夫ですか?」 「はい、わたしは平気です」 「そうですか。あまり無理はしないでくださいよ。……さて、次はどんな手でいきましょうかね」 「それなんだが、俺に考えがあるんだ……俺だってバレなければ、過去の人間と直接コミュニケーションをとってもいいんだったよな?」 「……もしもバレたら、私たちはあなたを捕まえて罪を償わせてからもとの時間へ戻ってもらうことになりますよ」 「それでかまわないよ」 舞台は暗転し、パーカーを着たタクヤが薄暗い照明の光に浮かび上がる。タクヤは靴を脱ぎ、ふーっと大きく息をついてパーカーを脱ぎ、舞台袖に放り投げて座る。『おい、マシマタクヤ』 音響から録音されたタクヤの声が流れる。「うわ!誰だ、泥棒か?」 驚いたタクヤが飛び上がって辺りを見回す。『まあ、落ち着け。俺はお前に助言しに来ただけだ。それが終わったらすぐに帰るよ』 「怪しすぎるだろ!いったいなにが……」 『シノブのことだ』 「呼び捨てなんてコザクラさんとどういう関係だ!」 『我ながら……ゲフンゲフン、めんどくさいやつだな。いいから黙って聞け。……おまえ、このままだとコザクラシノブが他のやつと付き合い始めるのを見てるだけで終わるぞ』 タクヤは顔をしかめて押し黙る。「……」 『あのな。おまえ、コザクラシノブは付き合いたくないやつと付き合うような人間に見えるか?』 「……コザクラさんはそんな人じゃない」 『なら、当たってみろ。嫌ならちゃんと断ってくれるよ』 「断られる前提かよ」 『そう言われたほうがお前、安心するだろ』 「ほんと誰なんだよお前」 『気にするな。まあ、お前なんかコザクラシノブと釣り合う人間じゃないのは本当だろ。でもな、釣り合うまで待ってたら爺さんになっちまうぞ』

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    百五十一 明転すると、歴史調停局局長役の理恵が立っている。その向かいにはマーサがやはり直立不動で立っている。マーサは局長に向かって三歩近づき、足を揃えて気をつけの姿勢を取る。機敏に敬礼し、また気をつけの姿勢に戻る。「歴史調停局調停課調停士アキウミマーサは、本日付で歴史調停局調停課勤務を命ぜられました!」 マーサは一息で言うと、また敬礼する。「休め」 局長が静かに命令すると、マーサは敬礼を解いて足を肩幅に開き、休めの姿勢を取る。「我々、歴史調停局はタイムマシンの発明によって増加した歴史改変犯罪の解決のために発足した組織だ。たとえそれが正義に悖ることであったとしても歴史の改変を許すことがあってはならない。例えば、ユダヤ人の虐殺はわかりやすい悪行だが、だからといって過去に戻ってヒトラーを暗殺することは許されない。我々の使命は本来の歴史の保全だ」 局長はマーサとの距離を一歩の間合いまで詰め、ペンのようなものを差し出す。マーサがそれを受け取って上着の胸ポケットに差すと局長は再び話し出す。「これは強制的に個人の時間を止める携帯型時間停止端末だ。我々歴史調停局員にしか使用が許可されていない。局員の判断で使用が可能だが、使用者は代償を支払わなければならない。……それは、使用者の記憶だ。最新の記憶から失うように設計されているので、使用する時は同僚のフォローがもらえる場合に限定しておくように。何か質問はあるか?」「はい!端末を使うのはどういう場合ですか?」「過去を変えることができるのは、迷いのない本心からの行動だ。それによって過去が変えられそうになった時、他に手段がなければ使え」「はい!」「以上だ。下がっていい」「失礼します!」 マーサは反転して歩き、立ち止まって胸ポケットからペンを取り出して見つめる。舞台は一瞬の暗転後、マーサだけサスに照らされ、マーサは頭を押さえてふらふらと地面に手をついた。「マーサ!」 タクヤの声で舞台全体の照明が灯る。タクヤは手をついたマーサに駆け寄って目線を合わせる。「あれ?すい

  • 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編   第六話

    「あ、けっこう人いた」 入ってきたのは木村恵先輩と石川純子先輩だった。どちらも二年生で、木村先輩はキムさん、石川先輩は純子さんと呼ばれている。二人とも前の公演では制作を担当していた。人が増えてきたのでなんとなく部屋の気温が上がったように感じる。エアコンはついていないので気のせいかもしれない。「キムさん、純子さん、お久しぶりです〜!」「やっほ〜、裕子ちゃん」 裕子ちゃんの挨拶にキムさんが答える。僕とゴウさんも二人に挨拶した。「二人も成績見に来たの?」「そうだけど、その話題ちょっと広げないで」「あ、そういう感じ?」 ゴウさんの質問にキムさんは嫌な顔をする。成績はあまりよくなかった

  • 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編   第三話

     七月、初の期末試験が近づく。未知の専門科目に戸惑う僕に、先輩の久美子さんたちから「過去問のネットワーク」という大学特有の攻略法を伝授された。部室では就活スーツのポリスさんが人気漫画のセリフで「さらば」と去り、留年危機のブラザーさんや、夢を追うシュンさんの将来が語られるなど、四年の先輩たちの学生生活の終わりと現実が交錯していた。 試験本番、僕は過去問を頼りに論述問題に挑むが、唯一、数学だけは絶望的だった。最初から理解を諦め、授業中の「寝ていないふり」を極めていた僕は、白紙に近い答案を前に来年は先輩に話を聞いて選択する授業をきちんと考えて決めようと誓った。手応えのないまま「優・良・可・不可」

  • 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編   第二話

     本番当日、僕は授業中も落ち着かないほどの高揚感に包まれていた。昼休みの部室では、同期の松本(ガジン)が実は二浪の成人だと知り驚愕する。平穏な日常を望んでいたはずの僕だったが、何が起こるかわからない日常の交流が心地よく感じられるほど、部は僕にとって大切な居場所になっていた。本番直前、僕は気恥ずかしさを抱えつつも、同じ一年生の橋本さんを「裕子ちゃん」と名前で呼ぶ。そんな甘酸っぱいやり取りや、舞台裏での佐々木先輩の手伝いを通じ、僕は本番前の高揚感に浮かされて授業をサボり、自分の時間を舞台に捧げることを決める。 迎えた開演。僕はサイドスポット操作という重責を担い、暗闇の中でスタンバイする。上演さ

  • 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編   第一話

     僕は高校卒業を間近に控えた二月下旬、父とともに第一志望の聖北学院大学の合格発表へ向かっていた。両親の期待に応えられず私立を志望したことに後ろめたさを感じ、独学で受験勉強を続けてきたが、掲示板に自分の番号を見つけ、深い安堵と喜びを感じた。合格発表の後、入学までの時間を読書に費やし、穏やかな休息を過ごした。四月に入り大学生活が始まると、僕は効率的に単位を取得する計画を立て、広大なキャンパスと自由な校風に解放感を感じていた。僕が心理学科を選んだ理由は、主体性がなく周囲に流されがちな自分を変えたいという切実な願いからだった。 そんな中、講義でたまたま隣り合った松本雅人からサークル見学に誘われる。

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